ありの日記

本を世に送り出す仕事

2020年11月11日

むかしから、人の仕事の話を聞くのが好きです。

どうしてその職業を選んだのか。どんなきっかけがあったのか。仕事のおもしろさ、やりがい、むずかしいところはどこか。

話を聞くと、その人の生き様や大事にしていることを感じることができるんですよね。

お仕事小説やドラマも好きで、最近は韓流ドラマの『ロマンスは別冊付録』にハマりました。

出版社を舞台に本をつくる仕事を通して恋愛や、それよりもっと深い愛のかたち、それぞれの人生を描くドラマです。

出版業界の厳しさが実にリアルで、韓国と日本はほぼ同じなんだとわかりました。出版部数とか返本や絶版した本の細断シーンとか、売れない作家の話とか、わあああ……。

売れる本を出版しなければ、会社は成り立たない。作家も食べていけない。そのうえ作家には売れないレッテルがつき、次の本を出すこともできなくなる。

詩人のエピソードは、身につまされて痛かったです。

売れないとわかっていても書かずには生きられない。詩が心の扉をたたくからーー。

そう、作家は書かずにはいられない人なんですよね。

私は新卒で出版社に入社し、退社後フリーランスの編集記者になって、それから児童文学の創作コンクールに応募して作家になったので、ドラマに登場する出版社の人たちにも作家にもどっぷり感情移入してしまいました。

そして、だれかの人生を豊かにする本を送り出す、という作り手が本にこめる思いに泣きました。

売れる本をつくるのは、売れないとわかっていても世に送る意義のある本をつくるためでもある、というセリフにじーん。

本と人生を重ねた、とてもいいドラマでした。

おかげであらためて決意することができました。

どこまでも人に寄り添う物語を書いていこう、と。

本を世に送り出す仕事を選んだ人たちと一緒に仕事ができる幸せも噛みしめています。


生き残り戦略

2020年9月10日

セミが元気に鳴いています。

とはいえ、盛りの頃より数は少ないし、夜は鳴かなくなりました。

セミは夏に成虫になるという点では一致していますが、それぞれ少しずつタイミングをずらしているんですね。

それはきっと、種としての生存戦略なのでしょう。

みんなが一斉に成虫になってすぐのタイミングで嵐が来たりしたら、子孫を残せない、ってことになりかねませんものね。

もちろん、個々のセミはそんなこと意識していないでしょうけど。

ふと、人間もそうなのかもしれない、と思いました。

成長の早さが個々で異なるのは、種全体としての生存戦略なのかもしれないなあ、と。

現代社会では早熟な子のほうがチャンスをつかみやすいので、親としてはせかされるような気持ちになってしまいがちですが、人類としては社会で活躍する以前に、種として生き残ることを第一に進化してきたのでは?

生命が目的とするところと、人間社会の目的は乖離してきていたりして……。

セミの声を聞きながら、そんなことを考えています。


カタリバオンライン

2020年8月12日

ささきかつお&ありの二人で、小中学生向けに「物語をつくろう!」というワークショップの1回目をやらせていただきました。

プラットフォームは、カタリバオンラインの夏休みスペシャルプログラムです。

オンラインでうまくできるかな、と少々緊張して臨んだのですが、元気な子どもたちのおかげで、とても楽しい時間になりました。

みんな、どんどん想像をふくらませて、驚くような展開をくり広げていくのです。

それをたがいにおもしろがるうちに、終わりの時間となっていました。

ほんと、子どもの発想って、すごい!!

また、みんなに会えるのが待ち遠しいです。


表現力

2020年8月10日

若い人の多い職場に勤めるようになって、世の中の変化を肌身で感じています。

ネットやPC環境が整い、「こんなのあるかな?」と検索するだけで、便利なアプリが無料で使え、様々な制作物を短時間で作れるようになりました。

かつては、それぞれのプロフェッショナルがチームを組んでやっていたことを、一人でできるようになっています。

いつのまにか、個々が自分好みのものを、高い完成度で表現できる時代になっていたのです。

そんな時代で、わたしはなにを表現するのだろう。

なにを表現したいのだろう。

ぐるぐると考えています。


小松菜忌

2020年7月30日

今日は小松菜忌。

佐々木制作所の永久名誉会鳥ハピさんの命日です。

あれから5年かあ……。

先日、息子に「ハピさんのこと、思いだすことある?」と聞くと、「しょっちゅう、思いだす」と言っていました。

わたしと夫の会話にも、しばしば、ハピさんネタが出てきます。思い出話は更新されないのがさみしいですが、それでも、楽しいひとときです。

外出時にどこかの家からインコのさえずりが聞こえてくると、きっとハピさんもすでに生まれ変わって、楽しく暮らしているんだろうな、と思います。

そう想像するのも、小さな楽しみです。

ハピさん、知っていると思うけど、みんな今も、きみのことが大好きだよ。

また、会いたいな。


きみの物語

2020年7月17日

『天地ダイアリー』(フレーベル館)について、最高にうれしい言葉をいただきました。

小学6年生の男の子のお母さんのツイートで、

模試を受けた子が、問題に出た『天地ダイアリー』を買ってと。主人公が自分に似ている、と言ったというのです。

もう、うれしくて、うれしくて、涙が出ました。

執筆中に思っていたのは、読んだ人のうちたった一人でも「これは自分の物語だ」と思うようなものを書きたい、ということでした。

ですが、発刊された当初はほとんど注目されず、書店でもあまり売れず、実際に子どもが読んでいる気配も感じられませんでした。

わたしが書く物語は、いまの子には求められていないのかな。

このぐらいの年ごろの子たちの気持ちを表せていないのかも。

結局、ひとりよがりだったのかなあ……。

と、がっくり。

それが今年に入って、いくつかの私立中学校の入試問題に使われたあたりから、風向きが変わってきました。

そして、上記のツイート。

届いた! 自分の物語だと感じてくれた子がいた!

まだ書いていていいんだよと、言われたような気がしました。

ありがとう、本当にありがとうございます。

これからも、これは自分の物語だ!と思ってもらえるようなものを書いていきたいです。

挿画/高杉千明 装丁/城所潤(ジュン・キドコロ・デザイン)


マイ・インターン

2020年6月25日

老化を痛感するできごとがありました。

確定申告の不備があったのです。

いえ、不備はいいんです。なによりショックだったのは、私は間違えるはずはないから、税務署の処理にミスがあったのだと思いこんでいたことです。

フリーランスとして確定申告をするようになって20年以上。その間、こんなミスをしたことはないという自信が、相手への批判的な見方になっていたのです。

自分の間違いに気づかず、相手を責めるような人を見ては、なんて視野が狭いんだと冷めた目をしていた過去の自分が恥ずかしい。

高齢になると、こうなりがち……と思っていましたが、どこかで自分はちがうと思っていたのです。

偏った自信による上から目線ーー。

だけでなく、これが老化というものなんだな……と痛感しました。頭が凝り固まっていて、自分を更新できなくなっているのでしょう。

そう落ち込んでいた時にNetflixで観たのが、『マイ・インターン』

急成長したベンチャー企業にシニアインターンとして採用された男性が、若い人たちのサポートをしていくというストーリーの映画です。

シニアはITを駆使した働き方にはなかなかついていけないけど、そこは素直に若い人に教えてもらい、けれども若い人が経験していない苦難を乗り越えるのに、そっと寄り添うという展開。

この映画を見て、私も切り替え時に差しかかっているんだな、ということに気づきました。

私はこれまで、どちらかというとベンチャー企業のトップのような働き方をしてきましたが、これからは、ロバート・デ・ニーロが演じるような人になれるよう、意識を切り替えるタイミングなんだな、と。

昨年から勤め始めたNPO法人はまさに前向きな若い人たちが集う職場で、そして、ロバート・デ・ニーロのような人柄の同世代もいます。

若い人も同世代も尊敬する人ばかり。

こうなりたいと憧れる人がまわりにいることは、とても幸せです。

しなやかに、変化していきたいなあ。

志村けんの「だいじょうぶだぁ」が胸にしみました。


受け止め力

2020年6月10日

イレギュラーな中、いろいろな調整をしていますが、広い意味で学びが多いです。

一番感じたのは、一人一人が異なる「正義」を持っているんだよね、ってことです。

正義、プライド、不安、焦り、怒り、批判、実は不安を転化した後づけ理論など、日々気持ちが揺れ動く中で、いろいろな思いが万華鏡のように現れてくる。

人間の心理っておもしろい。

人は一面だけじゃないから、イレギュラーになるとより多面性が見えてきますね。

表面に現れたものを見るだけでなく、裏にある心理に寄り添うようにしないと、人と人をつないでいくことはできないんじゃないかな、と思います。

けれども、社会の中の組織の姿勢というものもあるわけで、個人の気持ちをすくいあげつつ、組織を安全に動かすというのは、ほんと容易じゃなく……。

刻々と状況も、人の気持ちも変化していきますし、立っている場所で見える景色も違いますしね。

とにかく、まずは一人一人の思いを「受け止める」。それからなのでしょうね。

非常事態も第2章に入った感があります。

太く、どっしり、構えていきましょう。


炙りだし

2020年5月6日

非常事態になり、イレギュラーなことをいろいろとやってきましたが、未だ慣れないのはZOOMのミーティングです。

ZOOMを使いはじめの頃、あまりにも疲れるので、なんか対策はないのかと検索をかけてみましたが、その頃は見当たらなくて。

最近になって「ZOOM疲れ」という言葉がヒットするようになりました。

やっぱり、同じような人はいたんだ。

ちょっと、ほっとしました。

オンラインで次々に新しい試みがなされ、世の中が変化しているのを肌身で感じています。

一方で、その流れに乗っていけるだろうか、と不安も膨らんできました。

SNSを見れば、人の心をがっと掴む言葉を発信している人が大勢いらして、そんな中で私はなんら発信したい言葉を持ってないことに気づいて。

そこから、こうも世の中についていけない私の書いたものが、世の中に受けいれられるのだろうか……と思ったりして、気持ちがだだ下がってます。

この事態で、苦手とするものが炙りだされたようです。

毎日、前向き! というわけにはいかないなあ。

今日はそういう日ということで、自分をいたわってあげよう。

みなさんも意識的にも、無意識にも毎日がんばっているはずですから、自分をいたわってあげてくださいね。


2020年2月8日

問題にこめた思い?

『天地ダイアリー』が、中学入試の問題になったとのお知らせをいただきました。

問題を読ませていただき、「ここを読み取ってほしい」というところには、問題を作られた先生の思いや、この学校はこういう精神を大事にしていますよ、というメッセージが込められているように感じました。

きっと、この学校は、生徒一人一人の個性を大事に伸ばしてあげたいという思いを持っていらっしゃるのだろうなあ……と。

問題を作られた先生とお話させていただきたいなあ、きっと、すてきな先生なんだろうなあと、思いました。

問題に使っていただき、光栄です。

受験生のみなさんの努力が花開きますように、祈っております。


2019年12月15日

不義理

今年は本業の文筆業のほかに、非常勤の仕事に挑戦。ボランティア活動では委員長という名のつく役職を2つ、平の委員を1つ、やらせていただきました。

いずれもやった分だけ刺激をもらえ、心の泉に栄養を蓄えられていると感じますが、一方で時間と精神力、体力の消費が……。年齢のせいかな。

そんな中でずうっと気になっているのは、ご恵贈いただいた本のこと。

感想をアップすることで、ささやかな応援をしたい!

と思っていますが、なかなか読めず、申し訳なさばかりが膨らんでいます。

不義理を、どうかお許しください。

しばらく日記は更新できそうにありません。

みなさま、どうぞ体を大事にしてお過ごしくださいね。


2019年11月6日

b-labブログ連載

わたしは週に2日ほど、中高生向けの施設b-labで働いています。

児童書を書くにあたって「いま」の子どもたちを知り、直接関わりたいという思いがあるからです。

振り返ってみると、わたしは小学校高学年〜高校前半の頃、自分の気持ちをうまく制御できず、自分自身に振りまわされていたように思います。

あの頃、自分の気持ちを言葉にして、人に伝えることができたら、あんな苦しい思いをしなくてすんだのかもしれない……。

なので、わたしの本を読んだ読者には(そうそう、こういう気持ち)と、安心して自分を肯定してもらいたいと思っています。

そして、b-labで働くようになってからより一層、気持ちを言葉にする大切さを感じるようになりました。

混沌とした勢いで自暴自棄になる前に、支離滅裂なままでいいから、だれかに気持ちを話すことで、自分の気持ちをつかみとってほしい。

そこで、b-labを利用する中高生に向けて、「スタッフ体験談」を連載することにしました。

子どもたちが大人の失敗談を聞く機会って、そうないんですよね。

でも、正論ばかりを言う大人も実はいろいろぶつかり、悩んできた、とわかると、子どもたちも気持ちを打ち明けやすくなりますから、そのきっかけづくりとして、ブログを活用しようと思ったんです。

大人が読んでも共感できる内容ですので、読んでいただけましたら幸いです。


2019年10月30日

銀座のギャラリー巡り

知り合いの画家さんの展覧会を見るため、銀座へ行ってきました。

まずは、白濱雅也さんが出展されている、

「辿り着くことのない庭に橋を架ける」展(2019/10月22日〜11月3日)へ。

展示会場の「Gallery Nayuta」は、知る人ぞ知る、奥野ビルにあります。

1932年築の本館と、1934年築の新館が左右対称に並ぶビルで、かつては銀座界隈で屈指の高級アパートだったとか。

いまは、ワンルームのギャラリーやアンティークショップ、帽子屋など、個性的な店が入っています。

このビルで有名なのは、銀座最古の手動式エレベーター。

外の扉と中のジャバラ式扉を、まさに手で開け閉めするのです。

エレベーターがいる階は、扉上にあるメーターのような針が動いて教えてくれます。

実際に乗ってみて、ドキドキハラハラ。

「ビー」という警報音に肝を冷やしましたが、おもしろかったです。

「Gallery Nayuta」は、こぢんまりとした白い部屋。

壁に小品が展示されているだけという、そのシンプルさが魅力的でした。

続いて、すぐ近くの「Mireya Gallery」へ。

まつもと俊介さんが「ベストアーティスト展14」(2019/10月30日〜11月4日)に出品されているというので、楽しみにしていました。

なんたって『キンダーブック2』2019年12月号のおはなし「てぶくろ」の立体作品が見られるというんですもの!

「てぶくろ」 文/ささきあり  立体/まつもと俊介

実際、作品を前にして、その緻密な作りに目を見張りました。

顔の表情から毛の質感、洋服のデザインまで、いくらでも見ていたくなる精巧さ。

本当にそこにいるみたいで、わくわくしました。

すばらしいアーティストと一緒に仕事ができるって幸せだなあと、あらためて思いましたよ。

拝見できて、ほんとよかったです!


2019年10月6日

よく遊び、よく学べ

大学時代、ゼミの教授がよく言っていた言葉。

それが「よく遊び、よく学べ」だった。

研究するにしても人と違う視点を持たないと、先人の研究の後追いになってしまいがちだから、発想を広げるためにも「遊ぶ」って大事なんだと思う。

創作も然り……とわかってはいるのだけど、わたしは遊ぶのが下手だ。

ONとOFFの切り替えも下手で、いつもだらだらと仕事をしている状況になる。

教授は交友関係も広く、よく遊んでいるように見えたが、研究は広く深く、執筆活動も盛んだった。

このことを思い出したのは、自分の仕事の仕方を考える時期になっているからだろう。

子育てのピークが過ぎて、ようやく自分の時間が持てるようになったけれど、一人暮らしの親の介護が迫ってきていて、再び生活設計を立て直す時期にさしかかっている。

目先の生活費をかせぐための執筆も必要だけど、その先も長く執筆を続けるためには、多くの人に注目されるような作品を創ることが大事だ。

さて、なにを選ぶか。

優先順位を考えて、よく遊び、よく学んでいきたいな。


2019年9月25日

自分の感覚を信じる

私は本業の作家仕事のほかに、週2日ほど、中高生が利用する施設で働いています。

そこで最近、中高生がつくるフリーペーパーのサポートをすることになりまして、企画を考える時にこう言いました。

「自分が『好き』と思うことは、同じように『好き』と思う人がいるはずだから、自分の感覚を信じて貫けばいい」

そうエラそうに語ってから、ハッとしました。

私は自分の感覚を信じていなかったかも……。

時間がある時は、話題となった本やアニメ、マンガを読んでは、今はどういうものが求められるのかを考えるのですが、ここ1年ぐらい、それに引っ張られすぎていたかもしれない、と思ったのです。

だいたい、求められているものがわかった時点から作り始めても遅いんですよね。できあがった頃には、ちがうものが求められていますから。

わかっていたはずなのに、なんで外ばかり向いていたんだろう。

きっと自分の書くものに自信が持てないせいだな。

そうして自信がないくせに、売れっ子作家になりたいという願望があるせいだよねー(苦笑)。

他の人には「自分の力を信じろ」的なことを言っているくせに、肝心の自分が信じてないんだから、しょうもない。

とりあえず、外に引っ張られていることが自覚できて、よかったです。

これも中高生と話せたおかげですね。

今日はこれから取材。

新たな出会いと、知らなかったことを教えていただける機会、本当にありがたいです。


2019年8月27日

つらい、苦しい気持ち

掃除機が、「ピピピピピ」と鳴って、止まる。

見れば、「掃除機を掃除してください」という表示。

毎回、たまったゴミを排出しているのに、なんで?

スイッチを入れ直して使っていると、また「ピピピピ」。

なんだろう、壊れたのかな?

調べてみると、パーツをはずして洗う必要があるとのこと。

そうだったんだ……。

わたしは、きみの苦しさに気づかず、「ゴミはたまってないよ。気のせいだよ。がんばれ」って押しつけてた。

ごめんね。

そう、つぶやいて、ふと思いました。

これは、人に通じるな、と。

本人が「もう、いっぱいいっぱいです」と心の中で叫んでいても、まわりは気づかない。

いや、気づいていても、ズレている。

「ほら、こうしたらどう? これでいいんじゃない?」

対処しているつもりで、実のところ、相手の苦しさ、つらさの解消には、まったくつながっていない。

むしろ、追い込んでいる危険さえある。

本人は、なにがつらいのか、どうつらいのか、

的確に言葉で表すことができなくて、それがまた苦しくなる。

つらさ、苦しさの原因を言葉で表せたら、追いつめられるほど苦しくならないのでは?

気持ちを言語化するって、本当に難しくて、でも、できたら、自分を助ける力になるのにな。

わたしは子どもの頃から、ずっとそう思ってきました。

だからこそ、児童書の作家になったのだと思います。

(そうそう、そういう気持ち。わたしだけじゃなかったんだ)

と、読む人に少しほっとしてもらいたいんです。

だから、できるだけ希望のある展開にしたいと思っていますが、人それぞれ求める展開は違うので、ホント難しい……。

とにかく、求めている人のところに、気持ちに合う本が届くよう、そんなしくみができたらいいなあと、切望しています。